アンとマリラは、アンを孤児院から連れてきた、この行き違いの元であるスペンサー夫人のところへ向かっていた。

アンは、孤児院へ戻ることになるという、辛い現実を受けとめ、それでも明るく振る舞おうと、持ち前の想像力で、「私、この旅を楽しもうと思うの!」とマリラに言うのだ。

その言葉を自分に当てはめて考えると、孤児院に戻る恐怖と必死で戦っているんだろうなあ!と強く感じる。

私も、いろいろな恐怖から、違う角度から考えて、必死で乗り越えてきたので、そう感じたのだ。

マリラは、そんなアンの心はつゆ知らず、ただ現実主義の性格から、あまり想像の話しは聞きたくなくて、アンにこれまでの生い立ちを話すよう促すのである。

後の話しでわかると思うが、これは、その後のアンの運命に、非常に良い展開となるやり取りだ。

アンは、最初は話したがらなかったが、マリラと近所の奥さんとの会話から、生い立ちを隠さず話す決心をする。

ここは、アンにとって、ターニングポイントとなる。

生い立ちは、本当に悲惨なものだ。

アンが生まれたとき、目が異様にギョロっとしていて、お手伝いのトマス夫人は、アンのことを不器量(ブスな顔立ち)といったが、母親は、とても可愛らしい!と、アンが生まれたことを喜んだという。アンが愛されて誕生したことは確かだ。

そのアンが生まれてすぐに、高校教師であった父:ウォルター・シャーリーと同じく高校教師の母:バーサ・シャーリーが、立て続けに流行りの熱病で亡くなってしまうのだ。

親戚もなく、引き取り手がいない赤ん坊のアンを、お手伝いのトマス夫人が、他人ながらに引き取ってくれたのだが、その家族がまた超貧乏で、働き手であるはずの主人がまったく働かず、大酒のみで、何かにつけて怒鳴り散らすという最悪の家族だった。

その上子供を4人も抱えて、トマス夫人の収入だけで暮らしていたため、アンは物心ついた時から、子供の世話や家のことなど、何でもさせられていた。

その後、その飲んだくれの主人が、線路事故に遭うという事故で死んでしまい、残されたトマス一家は土地をはなれ、アンは、ハモンド一家に引き取られることとなるのだ。

トマス一家も最悪と思ったが、ハモンド一家も、それに劣らず貧乏で悲惨な一家であった。

主人は、製材所を営む働き手ではあったが、住む土地が未開拓のところで、収入はわずかの暮らしに加えて、トマス家より多い8人という子持ちで、そのうち3組も双子という、まれにみる大家族であった。

いくら、子供の面倒をみることが得意とはいえ、現実は、アン自身がまだ幼く、3組の双子を含む8人の子供たちを一度に面倒をみるのは至難の業で、私ならとうていギブアップといったところだ。

そこで、アンは、想像力という能力を開花させ、自分の酷い境遇を跳ね飛ばしていったのである。

その2年ほど後に、主人のハモンドさんが亡くなったことから、8人の子供たちは養子にだされたが、他人のアンはそうもいかず、自分の足で、孤児院へ向かったのだった。

孤児院も満員で、喜んで受け入れてもらったわけではなく、約半年ほどいたところへ、スペンサー夫人が、グリーンゲイブルズの養子の話しをもってきたのである。

後に、行き違いの原因がわかるのだが、マリラとマシューは、直接スペンサー夫人に養子の件を頼んだのではなく、スペンサー夫人も自分の弟から、伝言をよこした弟の娘から話しを聞き、また聞きのまた聞きによるこれまでのいきさつで、スペンサー夫人は確かに女の子を求めていると聞いたと主張し、今となってはどこで話が変わってしまったのかわからないというのが、話しの行き違いの現実のようだった。

まあ、その行き違いについては、次回の話しなのだが、アンが生まれてから、本当の家族というものを知らず、教育もほとんど受けていなかったという事実を知って、マリラのなかで、かすかにではあるが、これではいけない!という思いが芽生えたのではないかと思う。

そして、話しは次回へと続く。