アンが“グリーンゲイブルズのアン”となって2週間が過ぎ、そのあいだに村中にうわさが拡がった。

隣人でマリラの友人であるレイチェル・リンド夫人が、そのことを聞きつけて、グリーンゲイブルズへやってきた。うわさ好きでおしゃべりなリンド夫人だが、ずっと重症の流感が治らず、やっと駆けつけてきたのだ。子供を育てたことが無いカスバート兄妹が、得体の知れない子供を育てるなど無理なことだし、引き取るべきではない!と忠告にきたのだ。・・・こういうおせっかいな人は、世の中に結構いるが、大きなお世話である。

マリラは、自分も最初は、孤児院へ返そうと、リンド夫人と同じような考えだったが、マシューがアンのことを、たいそう気に入ってることと、今では、マリラ自身も気に入ってるといい、自分で決めたことは、容易に変えたりしない!と、きっぱりとリンド夫人に覚悟のほどを伝えるのだった。マリラは、アンは欠点もあるが、いい子だとリンド夫人に言い、紹介しようと、外で遊んでるアンを呼び寄せた。

ここで、アンにとっても、マリラにとっても、もちろんリンド夫人にとっても、大変な、思わぬ出来事がおこった。リンド夫人がアンの姿を見て、悪気はなかったのだが、ずけずけと言い放った言葉から、アンの傷口をえぐってしまったことから始まった。

「器量(顔の可愛さ)で引き取ったのではなさそうだ。そばかすだらけでやせっぽちだし、赤い髪の毛はまるで人参のようじゃないか。」とアンに向かって言ったのだ。

アンは、心の底から腹を立て、かんしゃくを起こしたように、地団太を踏んで言い返した。

「あなたに、そんな風に言われる筋合いはないわ!!! もし、あなたがそんなことを他人に言われたらどう思うの? デブで太っちょで想像力のかけらもない!なんて言われたらどう? 今言ったことで気分を害してもかまわないわ!」と、傷ついたことをそっくりそのまま返したのだ。そして、このことは決して許さない!!!とも言い放った。

マリラはこのことを見て、びっくりしたのと、あきれてしまったのと、リンド夫人の言いすぎた言動も踏まえて、アンに部屋へ行ってなさい!と、この場を去ることを命じると、アンは、大泣きをして怒ったまま、部屋へ向かい、ベッドで泣き伏した。

アンの、かんしゃく持ちのような態度は、決してそうではなく、アンが一番気にしてることをずけずけ言われ傷ついたことに加えて、生まれてこのかた、ずっと我慢を強いられてきたところから、“グリーンゲイブルズのアン”になれた安心感から、自分の気持ちが解き放たれ自由になれたことから、我慢の心の扉をひらき、溜まっていたものを吐き出したのだ。リンド夫人は、ある意味、そのきっかけを作ったといえよう。

マリラに、人の容姿をあそこまで言うのは言いすぎだ!と言われたリンド夫人は、悪意はなかったので、そこまでこけに言い返される筋合いはない!と、口では怒っていないと言いつつ、あきらかに怒った様子で、あんな子を引き取ったことを、あとで後悔するよと言いながら、家に帰っていった。

マリラはアンの部屋へ行き、私のお客に対して、いくらリンド夫人が多少言いすぎたにしても、あの態度は恥ずかしかったし、目上の人に対して失礼だから、あとで謝りに行こう、と反省をうながした。

しかし、アンの気持ちは、あそこまでの怒りをぶつけても収まっておらず、絶対に謝らない!と断言した。

だれしも、各々許せる許せないの基準があって、そこを超えては、なかなか許せないものである。

私にもその基準があるので、よくわかる。

その基準が、他人と異なっていても、誰にも譲れない基準なのだ。

謝りに行かないと、この部屋から一歩も出せない、とマリラに言われたが、怒りが収まらないその時点では、一生この部屋で過ごすことになっても、決して謝りに行かない!と、覚悟のほどを見せるほど、怒り心頭であった。

その日の夕食時に、マシューはマリラから、ことのいきさつを聞き、それはあきらかに、あのおしゃべりばあさん(リンド夫人)が悪いと、全面的にアンのかたをもったのだ。

アンは、怒りのまま一夜を過ごしたが、朝起きたときには少しは落ち着いていたようだった。マシューが、マリラが牛の世話のために家から出ていった隙に、アンの部屋へこっそりと行った。そして、アンに、リンド夫人に謝って、ことを穏便に済ませたらどうか、と提案するように、優しく言った。そして、こうも付け加えた。

「アンが部屋から降りてこない食事時は、恐ろしく寂しいでのう!」

ここが、マリラとマシューの違いである。二人とも、アンに謝りに行くように言っているが、アンの受け止め方が違うのである。あの出来事から一晩が過ぎているとはいえ、アンは、マシューにこう言った。

「昨日は謝る気なんて全くなかったし、今も気持ちは変わらないけど、今朝目が覚めたら、怒りは静まったし、なによりおじさんのためだったら、それができると思うわ!」

マシューは、アンと出会った時から、ずっとアンの味方で、寄り添ってきている。アンのそばにいることを喜び見守っているマシューの言葉と、しつけをしなければ!という義務の気持ちからくるマリラの言葉とは、同じことばでも、アンへの伝わり具合が全然違うのだ。

アンは、マシューに促されたことは伏せて、リンド夫人に謝ることをマリラに伝えて、リンド夫人の家へ一緒に向かった。

アンにとって、心底謝りたいというのではなく、穏便にことを済ませるために、謝らないというかたくなな気持ちより、謝るという行為を選択しただけなので、これまた想像力で、どういう謝り方をしようかと思いめぐらしながら、リンド夫人の家へ向かっており、マリラも何気に、そのことに気づいていた。

そして、ものの見事に、大げさな仕草を交えて謝った。ここがアンのすごいところなのだが、他人が同じことをすれば、謝る態度ではないと思われがちな姿でも、アンがすると嫌味が無く、スーッと心に入ってくるのだ。

リンド夫人も最初は面食らっていたが、オーバーリアクションながら、素直な思いが伝わったようで、失礼な態度を許すこと、リンド夫人自身も悪かったと謝ったこと、加えて、リンド夫人の知人で、赤い髪が大人になって金褐色に変わった人がいると、人参のようだと悪口を言った人から一変して、アンに未来への希望まで持たせてくれたのだ。

アンとリンド夫人とのひと騒動が無事に解決し、マリラと家路につきながら、アンはグリーンゲイブルズを眺めてしみじみこう言った。

「自分の家に帰るって、幸せなことね!」

と、あらためて“グリーンゲイブルズのアン”になれたことを心から喜び、安堵し、マリラの手をそっと握りしめた。

マリラは、そのアンの小さな手を握り、母心というのか、胸に熱いものがこみ上げてきて、アンに対して、これまでの養育義務の気持ちではなく、アンにこれまでと違う気持ちが芽生え始めるのだった。